● <ONE PIECE人気の理由> 大人も夢中強いメッセージ
本が売れないこの時代に、単行本の初版400万部というから驚きだ。海賊たちの冒険を描いた尾田栄一郎さんの漫画「ONE PIECE(ワンピース)」。3日には最新の65巻が出る。この国民的コミックの人気の秘密に迫った。
主人公は「海賊王になる」のが夢という少年、モンキー・D・ルフィ。悪魔の実を食べたため、全身が自在に伸びる「ゴム人間」だ。伝説の海賊王が残した「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を探し求め、剣術や航海、狙撃などの特技を持った仲間をつくりながら立ちはだかる敵と戦い、成長していく。
97年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載がスタート。10年には57巻が初版300万部で、小説「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」を抜いて出版史上最高を記録。昨年11月に発売された64巻は初版400万部、全巻の累計発行部数は2億5000万部を超える。アニメ放送も99年に始まり、映画もほぼ毎年新作を公開。35以上の国・地域でも出版されている。3月からは初の展覧会も東京都内で開かれる。
「少年ジャンプ」の読者は小中学生が中心だが、「ワンピース」のファンはお父さん、お母さん世代にも広がっている。紀伊国屋書店の調べによると、コミックの購買層の9割は19歳以上。特に20~40代の女性が4割を占める。編集部には「親子で楽しんでいる」という声も届く。「今年で連載15周年を迎えるのに、1巻から最新刊までの全巻が定期的に版を重ねている。こんな作品は極めてまれです」(集英社広報室)
宝探し、仲間、旅……物語の骨格は一見、従来の漫画と変わらない。どこが違うのか。「SOSには『絶対に』応えるなど、仲間とのつながりを非常に大事にしている。さらに登場人物のセリフは強いメッセージ性を持ち、大人の鑑賞にも堪えうる。それらが、これまでの漫画とは異なるところですね」。そう語るのは「ルフィの仲間力」の著者で関西大教授(ネットワーク分析)の安田雪さん(48)だ。例えば、行動を共にしながらもなかなか心を開かなかった仲間が「助けて……」と涙を見せるシーンがある。それに対し、ルフィは「当たり前だ!」と叫ぶ。
名ゼリフを集めた「ワンピース ストロング・ワーズ」も出版され、思想家の内田樹さん(61)が<二一世紀日本が生み出した一種の「聖書のようなもの」だと言っても決して誇張ではない>と解説を寄せている。
それだけではない。「仲間同士のつながり方も、状況に応じてリーダーが代わるフラットな関係。一致団結して頑張れとボスが言うような昭和の体育会系的メンタリティーとは、全く違うものです」と安田さん。
それにしても、メガヒットが生まれにくいご時世に、これほどの支持を得ているのはなぜなのか。「『ワンピース世代』の反乱、『ガンダム世代』の憂鬱」の著者で経営コンサルタントの鈴木貴博さん(49)は「今は雇用、社会保障、安全など信じられていたものが崩れている時代。だからこそ困難に向き合いながらも自分を信じ、仲間を信じて、自信を持って前に進んでいく主人公たちの生きざまが人々の心に刺さっているのではないか」と分析する。
一方、安田さんは「こういう時こそ一緒に夢を見たり、何かを成し遂げる仲間が大切だと、誰もが切に感じている。この作品には、課題を解決するヒントがあり、上の世代が若い世代を理解するための『共通言語』になりうる」と話す。
さて、今からでも全巻制覇の「大航海」に出るべきか--。
(毎日jp 著:大槻英二)
● <はじめてのONE PIECE> 「友情・努力・勝利」、王道を行く
主人公ルフィの冒険を描く「ONE PIECE(ワンピース)」(尾田栄一郎、集英社)の快進撃が止まらない。「週刊少年ジャンプ」の連載は15年目。ヒットの謎を追う旅を始めよう。
■大秘宝求めて
ルフィたち海賊の「麦わらの一味」が「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を求めて旅をする。2月に65巻が出る長大な物語は、なぜ、これほど人気なのか。
随所に登場する「悪魔の実」はまさに男の子が好きそうなアイテムだ。食べると特殊な能力が身につく果実で、敵味方のどちらも多くが様々な種類の実を食べ、不思議な能力を見せる。ゴムのように体が伸縮する「ゴムゴムの実」を食べたルフィは、びよーんと伸びる手足で戦う。慣れないうちはルフィの手足を見失いがちだが、戦闘はバリエーション豊かでユーモラスになる。
評論家の呉智英さんは人気の理由を「少年マンガの王道だから」と言う。「少年ジャンプ」は「友情・努力・勝利」が人気作品の三大原則と言われてきた。「友情や努力の形は少し変化しているが、三大原則は変わらない。少年向けの作品で王道を長く続けられる作家が、実は今、少ないのです」
■互いに弱さ見せ
変わらないのは、仲間が何よりも大切だ、という考え方だ。
「麦わらの一味」はみな完璧ではない。三刀流のゾロは剣の腕はピカイチだが、極端な方向音痴。ルフィも考えなしに行動して周りをあたふたさせる。弱さを互いに仲間には見せる。だから補いあい、チームとして強くなれる。
海賊専門の泥棒だったナミは、ルフィと組んでも仲間を欺き、心の内は見せなかった。それが、一人で抱えていた長年の思いを敵にすべて崩されたとき「助けて……」と涙する。ルフィの答えはやっぱりこうだ。「当たり前だ!」
思想家の内田樹(たつる)さんは「自立していることによってではなく、『あなたなしでは生きてゆけない』という仲間への依存によって、海賊たちは爆発的にその能力を開花させている」と、名言集『ワンピース ストロング・ワーズ』の解説で書く。仲間を信じろ。恥ずかしくなるくらいに何度もまっすぐな言葉で語られる。
■敵も再び活躍
ルフィの心理はセリフでは描かれない。「格闘マンガで主人公の内面描写がないなんて。気づいたときに驚きました」。ワンピースを愛読する作家の中村文則さんは言う。「何を考えているのかわからない、魅力的な主人公に周りや読者が引っ張られていく」。この構図が新しく、爽快感がある。
また、「ルフィたちが敵を殺すことに固執しないのも、物語としてよくできている」と言う。ルフィの言葉でいうなら、目の前の敵は「ブッ飛ばす」だけだ。
倒した敵のその後が、先の巻の扉絵などでちらりと描かれるのも、読者を喜ばせるポイント。殺さないことで再び活躍する余地を残し、敵味方の関係がさらに新しく変わる。「少年マンガという枠組みの中で、ワンピースは最高のことをやっていると思う」
■年重ねて分かる良さも 俳優・溝端淳平さん
ずっと読んでいた「週刊少年ジャンプ」でワンピースが始まったとき、わくわくしたのを覚えています。読み始めた小学生の頃と大人になった今とで、変わらない面白さもあれば、ようやくわかった良さもある。戦争が起きたり、人種差別が描かれたり、最近はどんどん大人向けの作品になってきていると思います。
ルフィの仲間は一人一人が悲しい過去を背負っています。チョッパーは恩師に誤って毒薬を与えてしまうし、ロビンは故郷の島を消された。みんなのつらい過去をルフィは全部は知らないんだろうけれど、「仲間になれ」と引っ張っていく。友情ってこういうものじゃないかなと思う。落ち込んだとき、友達の一言で救われることがあるから。ぶつかって強くなっていく友情っていいなと思います。
ワンピースとは何か、これだけ続くのに最初の謎がまだ解けない。それなのに、伏線が張られすぎていて、先が推測できるときもある。単行本も買いますが毎週、雑誌で読むのは、次を想像しながら1週間待つのが楽しいから。一話ごとに話が大きく動くので、一気に読むともったいない気がします。
(asahi.com 著:中村真理子)