『ONE PIECE』サンジの空中歩行を科学的に検証してみた
「空想科学読本」を知っているだろうか。漫画やアニメの世界の出来事を科学的に検証する、20年以上続いているベストセラーシリーズである。小中学生向けの『ジュニア空想科学読本』もすさまじい人気ぶり。朝の読書で中学生に人気の本ランキングで、ハリーポッターをおさえて1位になるほどだ。今回はその『ジュニア空想科学読本』8巻から、『ONE PIECE』の科学的疑問を紹介する。
『ONE PIECE』(尾田栄一郎/集英社)にはすごい能力を持つキャラがいっぱい登場するから、少々のことでは驚かないつもりでいた。でも、この人にはビックリした!
「黒足のサンジ」の異名を取るコック・サンジ。麦わらの一味だが、「悪魔の実」による特殊能力は持っていない。無類の女好きだけど、料理人としては超一流で、その腕を決して傷つけないよう、戦いでは足技しか使わない。そんなサンジが空を飛んだのだ!
この能力を見せたのは、海底の魚人島で、全身トゲだらけの魚人たちに四方八方から突進されたとき。サンジは空気をタタタタタタタタと蹴って、真上に上昇した。その名も、空中歩行。サンジはなぜ、そんなスゴイことができるようになったのか?
秘密は、カマバッカ王国で過ごした2年間にあった。雨の日も雪の日も雷の日も、オカマの群れに追い回される。根っから女好きの彼にとって、これは地獄よりも耐え難い日々だった。そしてあるとき、周囲からオカマたちに追いつめられて逃げ場を失ったサンジは、ついに空に向かって逃げた……!
こ、これはすごい。サンジは、悪魔の実を食べて空を飛べるようになったわけではなく、自分の体力を高めて、この能力を得たということだ。その原動力は、女好き。開花させたのは、オカマの群れ。こんな理由で空を飛んだのは、このヒトくらいでしょうなあ。 だが、実際に足で空を歩くことなどできるのだろうか。
◆なぜ人間は空を歩けない?
あれは筆者が5歳の頃だったか。父の友人が「空を飛ぶ術を教えてやろう」と言った。目を輝かせて「教えて!」と言うと、「右足が地面に着く前に、左足を出す。これを繰り返せばいい」。
筆者は「そうだったのかー!」と喜んで、果敢に挑戦したが、何度やってもできなかった。実に無念であった……。
しかしこれ、なぜ実現できないのだろう。理屈としては正しいような気がするではないか。
右足が地面に着く前に、左足を出すということは、その瞬間、両足とも地面から離れていることになる。問題はここだ。空中では体を支えるものがないから、そこから足をどう動かそうと、体は落下してしまう。
すると、なぜサンジは落ちずに空を歩けるのか?
マンガの描写を見ると、サンジは「タタタタタ」と空気を蹴っている。なーるほど、空気を蹴れば、「空気抵抗」が働くだろう。これは、物体が空気にぶつかることで生まれる力で、物体の動きの邪魔をする。新幹線や飛行機が流線型をしているのは、空気抵抗を弱くするためだ。サンジは逆に、強い空気抵抗を生み出して、その力で体重を支えているのではないだろうか。
もちろん、簡単にできることではない。たとえば、サンジがキックボクサーなみの時速60㎞のスピードで、空気を真下に蹴ったとしよう。サンジの靴のサイズを27㎝とすると、これによって発生する空気抵抗の強さは850g。体重を支えるには、まったく足りない!
では、どうすれば空気抵抗が強くなるかというと、蹴るスピードを速くすればいい。
空気抵抗の強さは、「空気が当たる断面積」と「速度×速度」に比例する。ここから考えると、ものすご~~~いスピードで空気を蹴れば、空気抵抗で体重を支えながら、空気を足がかりに上昇することも可能なのではないだろうか?
◆マッハ5で空気を蹴ろう!
必要なスピードを計算してみよう。サンジは身長180cmだが、細身なので体重は70kgと考えることにする。足のサイズが前述のように27cmなら、体重を支えつつ、一蹴りごとに1mずつ上昇するためのキックの速度を求めると……ぬおおおっ、時速6120km=マッハ5だ! うーん、いくらサンジでも、マッハ5のキックなんて放てるのかなあ?
……と思ったが、ここで思い出したのが、サンジの別の技「悪魔風脚」である。左足を軸にして、右足を床に滑らせて回転し、摩擦熱で右足を赤く熱して蹴る!
これも、ものすごい技だ。色を見るためにアニメ版で確認すると、サンジの足は20秒ほどでオレンジ色に輝き始めた。高温の物体の色は温度によって決まり、オレンジ色に輝いたからには、サンジの足は1200℃に達していたと思われる。
足がそんな高温になって大丈夫なの? と心配になるが、大丈夫だとしても、それほどの高熱を摩擦で出すには、長大な距離を滑らせる必要がある。サンジが右足に体重の3分の1をかけながら回ったとすると、要求される距離は実に430 km。なんと東京から直線距離で神戸まで!
これほどの距離をたった20秒で滑らせたとは、途轍もないスピードだ。計算すると、ぎょぎょっ、時速7万8千km=マッハ64!
どんな人でも、床の上で足を滑らせる速度より、蹴るスピードのほうが速いだろう。ということは、悪魔風脚ができるサンジなら、空中歩行など楽勝という話になる。
◆ジャンプしたほうが早い!?
「劇中の超人技が可能」と主張する根拠として、別の超人技を挙げるのもどうかなーとは思うけど、とにかく筆者の計算によれば、マッハ5で空気を蹴れる人は、一蹴りごとに1mずつ上昇していけるはずなのです。
だが、この空中歩行は大変である。右足を蹴って1m上昇したら、すぐ左足を蹴らないと落ちてしまう。1mの上昇にかかる時間は0.55秒だから、サンジは0.55秒おきに左右の足をマッハ5で交互に蹴り続ける必要がある。疲れて足を止めたら、真っ逆さまに落下。サンジはイヤでも、タタタタタタタ……と空気を蹴り続けるしかないのだ。
疲れるだろうなあ、これ。劇中、サンジは100mぐらい上昇していたが、この高さまで上がるには、空気をマッハ5で100回蹴らなければならない。しかも、100m昇るのに55秒もかかる。だったら、ジャンプしたほうが早くないか? 空気をマッハ5で蹴れる体重70㎏の人が、両足でジャンプした場合の到達距離を計算してみると……おおっ、なんと高度1100m! サンジは空中を歩かなくても、ものすごくジャンプできることになる。その場合、高度100mに達するまでの時間は0.69秒。わー、空中歩行よりずっと早いよ~。
まあ、効率だけでは世のなか味気ない。空を歩けるのは、やっぱりカッコいいと思います。
この“ジュニア”シリーズは現在9巻まで刊行。「おそ松さん」「シンゴジラ」など、旬の作品も解析。大人版の最新17巻は、「正義のためかもしれないが、地球を滅ぼしかねない愚行ランキング」「最強の女性キャラクターランキング」「すごいけど実際に欲しいかというとビミョーな道具ランキング」など、爆笑の研究結果をランキングで発表。続きはぜひ本で。公式ツイッターも要チェックだ。
(ダ・ヴィンチニュース)