第6回はゾロの名前の由来であるフランソワ・ロロノアです。
ジャン=ダヴィド・ノー(Jean-David Nau)が本名ですが、フランソワ・ロロノア(Francis Lolonois)の名の方がよく知られています。
前々回の
モーガンより少し前に生またフランス人で、エスパニョラ島に渡ってしばらく狩猟の仕事をしたあと海賊稼業を始めた典型的な
バッカニアです。バッカニアについては
モーガン編をお読み下さい。
フランソワ・ロロノア
SBSでは最も残虐な海賊と紹介されていたと思うのですが、当時も
その残虐性で有名になっていたようです。
『アメリカのバッカニア』を執筆したエスケメリングは、ロロノアについて「どんな相手も、拷問し、白状しないとすぐさまその短剣(カトラス)で八つ裂きにし、舌を引き抜く。それがロロノアの習慣だった」と書いています。
「
八つ裂き」という文句は知ってますが、実際にやると最初は肉をそぎ、次に片手、片腕、片足を落としてくという具合です。
゚Д゚)))))
拷問については、この当時の海賊たちは大抵非道なことをやっているのですが、ロロノアについては特筆すべきエピソードがあります。
ある遠征のとき、戦闘後捕らえたスペイン兵によると、先の道でスペイン軍が待ち伏せしているとのことだったのでした。他に道はないのかと尋ねると、どの捕虜も知らない答えたためロロノアは怒り狂い、1人の捕虜を
半月刀で胸を切り裂いて心臓を手づかみで取り出し、まだピクピク鼓動している心臓をじゃぶりながら(食いちぎったとも)、「正直に白状しないと、お前たちにもこうしてやるぞ」と言い放ったのです。ウヒャー
゚Д゚)))))
ちゃんとした絵がありました。
この絵だと、自身が心臓を咥えているのではなく、もう1人のスペイン人に咥えさせていますね・・・。どっちにしろ酷い話ですがw
バッカニアたちは基本的にスペイン人に憎悪の念を抱いていますが、ロロノアは抜きん出ていたみたいです。
1665年、航海中に嵐に襲われかろうじて上陸したところをスペイン人に襲われて仲間の多くが殺されたことがありました。ロロノアも負傷しましたが、傷口からしたたる血と砂を顔と体に塗りたくり仲間の死体の間に身を伏せてやり過ごしました。
トルチェー島(カリブ海のフランスのバッカニア拠点地)に生還した後、ロロノアは報復にスペイン船を拿捕し、乗組員の首を次々に刎ね、たった1人殺さずに残したスペイン人に、スペイン人総督あてに次のような手紙を届けさせました。
「予はいかなるスペイン人にも慈悲を施すつもりはない。予は汝の部下たちに与えたと同様の処罰を、汝に与える時が一日も早く来ることを切望している」
ロロノアのこの宣言に、スペインすべての植民地住人たちは震え上がったのでした。
その後も暴れまわったロロノアでしたが最後は、白人に対して激しい敵意をもつカタルヘナ(現コロンビア)のインディオに上陸したところ捕まり、自らが行っていたように、生きたまま八つ裂きにされ、バラバラになった体は焼かれ、その灰は二度と戻ってこないように風に撒かれたとのことです。