『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】
(前略)
矢作氏:
『ジャンプ』でも、みんなトップを目指しているとは思うんですよ。ただ結果的に、1位の作品が他から抜かれなかっただけで。
それにいちばん辛いのは、トップに立った人ですよ。だって抜かれたくないじゃないですか。そうすると、ずっとトップを取り続けないといけないんですよ。僕だって、自分が担当した作品でトップを一回取ったら、次の週からゲロ吐きそうになりますよ。だって落ちちゃうしかないんだもん(笑)。
ところがそれをね、クリアし続ける漫画もたしかにあるんですよ、『ドラゴンボール』とか。アンケートで800票とか取っちゃうと、「あぁ勝てないな」みたいな。もちろん、そういう「勝てない」という気持ちは、持っちゃいけないと思うんですけど。
ただ、僕らの頃はやっぱり、絶対に1位になるというのを目指していましたから。アンケートで1位になったら、編集者が漫画家の言うことをなんでも聞いてくれる、ってことにしたりして。たとえば自由に描かせてもらうとか。
僕が高橋陽一先生から聞いたのは、「原稿のフキダシにセリフを書かなくていい」と。「自分の代わりに担当編集が全部、ネームから書き写してくれるんだ」って。『キャプテン翼』が過去に1位を取った時にそういうシステムを考案して、そのおかげで僕が担当になったら、ずっと書き写すハメになったんですけど(笑)。
鳥嶋氏:
それはダメでしょ(笑)。
矢作氏:
でもそれは、高橋先生が自分でそう言って、達成して得た権利ですから。僕はそれに対して文句を言いたいわけじゃなくて。
要するに、読者アンケートで1位を取るというのは、『ジャンプ』においては全作家の目標なんですよ。『ジャンプ』の漫画って、20本しかないじゃないですか。20本の中の1位って、イメージしやすいんですよ。アレとアレが1位、2位、3位となったら、それを超えればいいんだと。
だから結果的に、1位の漫画はずっと変わらないように見えるかもしれないですけど、じつは週ごとには、けっこう入れ替わったりしているところもあるんですよ。
松山氏:
たとえば今って、載れば1位の『ONE PIECE』があって、絶対に不動の1位じゃないですか。
矢作氏:
でも『ONE PIECE』だって、抜かれる時はあるし。
松山氏:
あるんですか!?
矢作氏:
ありますよ、それは。僕も抜いた時はありますし。
松山氏:
それは『NARUTO-ナルト-』でしょ。
矢作氏:
『NARUTO-ナルト-』でもありますし、他の漫画が抜いてるのを見たこともありますよ。
ただ年間1位は当然、ダントツで『ONE PIECE』です。10年続くのはおかしいと言われても、それはやっぱり尾田栄一郎先生の努力がナンバーワンだからだと思うんですよね。なんか変な力が加わって1位になってるわけではないですから。読者は本当に面白いものを1位にするので。
松山氏:
それは間違いなくそうですよね。
矢作氏:
尾田先生の何がスゴいかというと、今でも進化しているところがあって。「なんでもいいから欠点を言え」って、編集者に言うんですって。そこに尾田先生の凄みがあるというか。なんか、若い編集者が愚にもつかないことを言っても、尾田先生にはそれを取り入れる感じがあるんですよね。
松山氏:
毎週のネームで、強いてあげればどこが気になるかというのを、必ず担当の方に言わせるらしいんですよ。
鳥嶋氏:
そんなの当たり前じゃん。
松山氏:
もちろんそうですけどぉ(笑)。
矢作氏:
新入社員が担当になったら、そんなの普通は何も言えないですよ。そもそも数年前まで、卒業文集に「『ONE PIECE』大好き」って書いたりしていた人間なんですから。(ブログ注:7代目担当編集の井坂尊さんは小学校の卒業文集に「海賊王になる」と記載)
松山氏:
子どもの時に読んでいた『ONE PIECE』の作家さんですからね。
(中略)
松山氏:
私が知る限り、アンケートはじつは結果だけの話であって。『ジャンプ』でいちばんスゴいのは、新連載を始めるかどうかを決める連載会議なんです。さっきから出ている話だと、『ジャンプ』って名もなき新人がポッと出てくるみたいに聞こえるから、簡単に載りそうに感じるかもしれないですけど。
『鬼滅の刃』の吾峠先生の話を伺ったんですけども、あの人は1年以上に渡って編集部にネームを持ち込んで、描き直して、描き直して、持ち込み続けて1年以上たって、ようやく連載会議にかかったと。それで載ったのが『鬼滅の刃』ですから。その間は、複数人で判断をしているわけじゃないですか。3話分の連載ネームを見て。
鳥嶋氏:
担当に力がなかったんじゃない?
矢作氏:
いやいやいや!(笑)
松山氏:
こら!(笑)
矢作氏:
でも『ONE PIECE』だってそうですよ。連載が決まるまでに1年ぐらいかかったんですよ。
松山氏:
1年かかったんですか! 『ONE PIECE』が!?
鵜之澤氏:
そうなんだ!
鳥嶋氏:
かかったね。連載会議で通ったのは、3回目だから。(ブログ注:『ONE PIECE』初代担当編集の浅田さんの話では連載会議に3回落ちて4回目に受かったとのことでした。落とされた側の浅田さんの記憶が正しいと思うのですが、どちらの記憶も正しいとすると、鳥嶋さんがジャンプ編集長になる前はジャンプ編集部にいなかったので、本当の1回目の連載会議には立ち会っていないのかもしれません)
松山氏:
3回テーブルに上がって、2回落ちてるんですか!?
矢作氏:
僕はその時の連載会議には出てないんですよ、まだ若かったから。だから下で見ていて「こんなに面白い漫画がなんで通らないんだろう?」って、ずっと思ってました。
──その時の編集長が鳥嶋さんですよね。
鳥嶋氏:
なぜ通らなかったのか簡単に言うと、構成がメチャメチャだったから。
矢作氏:
今、そう言われると分かるんです。でも当時は「こんなに面白いものが通らないってどうなの?」って思ってました。
鳥嶋氏:
持ち込みから連載に至るまで、どういうふうに進むかっていう話を簡単にすると。
まず投稿なり持ち込みで、その作家に編集者がつきますよね。そうすると編集者は編集部に対して、この作家がどういう作品を描いて、どのぐらいの力があるヤツなのかというのを、アピールしないといけない。そのためには増刊に載っけたり、副編集長が「本誌に読み切り枠があるから出して」って言って、そこからセレクションされて載ったりするわけ。その中でアンケートの票とか、他の連載との票の兼ね合いで、こいつは可能性がある、こいつはない、というのを見ていく。
そうすると、3~4名の編集スタッフの前にデスクがいるんだけど、このデスクが「そろそろ連載でもやってみたら」と声をかけるの。それで作家と編集スタッフが、3回分の連載ネームを作るわけ。デスクが無能で一向にそういうことを言わなかったら、勝手に作って出したりするんだろうけど(笑)。それで、デスクが「これは可能性があるな」って思ったら、副編集長のところに上げられる。そこでようやく、連載会議にかかるかどうかが決まるの。
松山氏:
連載会議にかかるかどうかは、副編集長が判断するんですか?
鳥嶋氏:
デスクの判断です。それで連載会議にかけて、3本終わったら3本始めるわけ。4本始めるんだったら、4本終わる。
松山氏:
それはどっちなんですか? 連載が終わるから新連載を始めるのか、新連載を始めるから終わるのか。
鳥嶋氏:
新しく起こす漫画と、やめる漫画の兼ね合いで見ている。バランスを。
(中略)
──さっきの連載会議の話に戻りますけど、会議の時間がいちばん長かった漫画は?
鳥嶋氏:
やっぱり『ONE PIECE』じゃないの。『ONE PIECE』は2時間かかったから。
矢作氏:
連載会議にかけるネームって、全部で3話あるんですけど、確か『ONE PIECE』は、2〜3回めくらいのネームだったかな? 結果的に連載会議に通らなかったヤツなんですけど、そのネームで島で宝を守ってるキャラクターが出ていて。その話がかなり面白かったんです。めっちゃ泣けるし。(ブログ注:『ONE PIECE』初代担当編集の浅田さんの話では、最初の連載ネームは今年アニメ化された読切版をベースにした股旅ものだったとのこと。つまり、当初はアニメ版のように物語がある程度進んだ後にルフィの過去が明らかになる予定だったわけです。ここで言われているネームは珍獣島の原案だと思われます)
──でも、会議では通らなかった?
矢作氏:
そう。こんなに面白いのに、なんで通らないんだろうと、当時は不思議で。
鳥嶋氏:
なぜ連載会議の際に、3話までのネームを用意するかというと、基本が10週だから、3話までで1/3のストーリーを展開するわけでしょ。そうすると、主人公は誰でどういう話なのかっていうのを、その3話の間に見せてほしいの。それが見せられない漫画は、構成が悪いということ。それで言うと『ONE PIECE』は、構成が悪かったんですよ。
矢作氏:
ええ。いま考えたら、なぜ通らなかったのか分かるんです。というのも、そのネームの話は主人公が成長したり、物語が先に進む話ではなかった。漫画において、主人公って絶対に、少しずつでもいいから前に進まないといけないんです。たとえば主人公を出さない回があってもいいんですけど、その代わり、主人公が何かやっているぞというのは読者に常に意識させておく。
──なるほど。
矢作氏:
その視点で考えると、あのときのネームって、話は確かに面白いんだけど、主人公が先に進んでいなかった。だから通らなかったんだなと。そうね、今そのことを考えたら、分かるんです。でも、あのときは、こんな面白いもの、なんで連載を始めないんだろう? 余裕あるなぁ、みたいな感じで見てましたね(笑)。
鳥嶋氏:
余裕なかったよ。編集長だったけど(笑)。
松山氏:
『NARUTO-ナルト-』でカカシを3話まで出さなかったのも、そういう理由なんでしょ。
矢作氏:
いや、そういうことじゃないんですけど。でも『NARUTO-ナルト-』の時は他の漫画をすごく研究して。
1話目は、周りの大人たちはナルトをどう見るか、2話目は子どもたちがナルトを認めるのかという話にしたんですよ。なぜかというと、『北斗の拳』は1話目でそういう形になって、2話目でおじいさんを助けるんですね。
結局、いろんな人がナルトをどう見るか、認めるかっていう。主人公って他の人に認められると、成長したと見えるんですよ。だからいろんな人に認められる話にしようというのが、そもそものコンセプトだったんです。そうすると、2話目はゲストキャラの話なのに、話が進んでいるように見えるんですよ。
でも『ONE PIECE』の場合は、あの2話目だと主人公がまったく先に進まないんですよ。救われた男の話だけなんですよ。それは今ならすごく分かります。
鳥嶋氏:
連載会議で『NARUTO-ナルト-』について議論したのは、たぶん5分ぐらい。『ワンピース』は2時間。この差だよね。
矢作氏:
『HUNTER×HUNTER』も5分ぐらい。5分もかからなかったですね。
(後略)
(電ファミニコゲーマー)