ONE PIECEと僕
初めて買ってもらった漫画は「ONE PIECE」の19巻だった。小学2年か3年の夏休み、広島から静岡のおばあちゃん家に行く新幹線の中で、僕たち男3兄弟が暴れないようにと母がキオスクに置いてあった当時の最新刊を買ってきてくれた。
19巻はアラバスタ編がいよいよ佳境に入ってくる巻で、反乱軍と王国軍、バロックワークスの思惑が入り乱れ、いよいよ戦争が始まり、「ついにルフィがクロコダイルと対峙するぞ……!」という重要な局面なのだが、当時はほとんど内容がわかっていなかった。というのも「ONE PIECE」という漫画の存在は知っていたのだが読んだことはなかったのだ。僕は、主人公がルフィという名前のゴム人間で、ゾロっていう剣士とサンジっていうコックがいて、あとかわいい泥棒の女の人とパチンコが上手い鼻の長い男がいるという、友達から得たうっすらとした情報をたよりに読み進めていった。すると、サンジだと思ってたやつがなぜかMr.プリンスと名乗っているし、頭にバナナの乗ったデカいワニがウヨウヨいるし、なんか大掛かりな作戦を実行しているみたいだし、かわいい女の人2人いるし、なんかよくわかんない帽子被った暑さに弱いモフモフのキャラが仲間っぽいしで、情報過多でパンクしてしまった。それでもキャラクターと絵がカッコよかったので夏休み中、おばあちゃんの家で何回も繰り返して読んだ。それから広島に帰ってきて、限られた軍資金の下、兄弟で手分けして18巻まで全部揃え、そこから新刊が出るのを先の冒険を想像しながら楽しみにしていた。
小学校5年くらいになると、友達のSくんからジャンプという雑誌の存在を教えてもらった。Sくんによると、ジャンプには今持っている最新であるはずの単行本の内容から何話か先の話が載っていて、「ONE PIECE」だけじゃなく「NARUTO -ナルト-」も「BLEACH」も載っているとのことだった。それを聞いた僕は「は? そんな夢みたいな話があるわけないだろ? そんな嘘で俺が喜ぶと思ってんのか? 幼稚園からの長い付き合いだけどお前がそんなこと言う奴だなんて思ってなかった」とSくんのことを少し嫌いになりかけた。しかしSくんの家に行くとそこには本当に夢のような雑誌があったのだ。衝撃だった。そこには見たことない強そうな敵に見たことないカッコいいワザを繰り出しているルフィがいたのだ! 「Sくん……これ……」「うん、貸してあげるよ」僕はSくんのことが大好きになった。これで「ONE PIECE」を追いかけて行くのに万全の態勢が整った。ジャンプで最新話を読んで友達と話し、単行本を買って何回も読んでパンダマンを探した。
影響されて漫画も描いた。タイトルは「クソピース」。主人公が仲間たちとうんこを使って相手を倒していくという物語で、ちょっと遠くから見るとほぼワンピースと読めるようにクソピースとタイトルを書いた。初めて読んだ日から今まで、ずっと「ONE PIECE」はそばにいてくれている。
僕にとって「ONE PIECE」は、小さい頃からの熱量そのままに読んでいる唯一の作品である。今も19巻を読むと、当時のにおいをスッと思い出せる。そして不思議なことに絵柄から全く古さを感じることがない。懐かしい気持ちはあるのに古いなとは思わない。もちろん1巻から今では絵柄は変わっているんだけど、奥にあるものが全く変わってない感じ、それが「ONE PIECE」、尾田栄一郎先生の魅力だと感じている。ある番組で尾田栄一郎先生の仕事場に潜入した企画があった。そこに映った尾田栄一郎先生のデスクには1枚のメモが貼ってあり、そこに書かれていたのは「読むのは5分」という言葉だった。あまりにもシンプルな言葉で、とても印象に残っている。僕はそこから、創作者としての意地というか、泥臭さ、子どもっぽさを受け取った。
ライブハウスの楽屋で漫画好きの芸人さん達と好きな漫画を話す時によく聞く「でもやっぱ結局『ONE PIECE』だよな」。自分がもし漫画家だとしたら、こんなに嬉しい言葉はないんじゃないかなと思う。僕も自分達で考えて何かを作る職業の端くれとして、そんな存在になりたいと密かに思っている。
(お笑いナタリー「私の好きなポップカルチャー Vol.4 かが屋・賀屋が綴る「コミック」」)