伊達:さぁ折角ですね、『ONE PIECE』の初代担当編集・浅田さんが来てくださってるわけですから、知られざる尾田先生の話を聞いていきたいなと。これまず、浅田さんね、尾田先生、ラジオ来てくんないんですか?
浅田:めちゃ忙しいすからね
伊達:でも、暇な人は誰も出てない…みんな忙しい中(出演してくれている)
浅田:まぁ、そうなんですけど、群を抜いて忙しいですよ
富澤:でもね、僕らも忙しいんですよね
伊達:いやいやw…僕らの番組ですよw 仕事ですからね(我々は)
富澤:まぁ(連載)立ち上げから苦楽を共にしているから色々知ってそうですけどね
伊達:さぁそれでは早速行きたいと思います。『ONE PIECE』の初代担当編集・浅田さんが振り返る「尾田栄一郎先生との思い出ベスト3」第3位は?
浅田:「連載会議に3回落ちて、悔しいやら苦しいやら憎いやら」でした。はい。
伊達:え?あの『ONE PIECE』が連載会議に3回も落ちたと。どういうことなんですか?
浅田:これって多分、情報出てることは出てると思うんですけど、けど、中身とか言っていいのかな…
伊達:これはもう集英社さんのお口で言うわけですから
浅田:最初(の連載ネーム)は読切版をベースにしたルフィの股旅ものだったんです。町に困っている人がいて、やって来たルフィが救って次の町に行くっていう形だったんですけども、それで(読切版を連載ネームに)直してトライして連載会議が通らず、最終的にはルフィの旅立ちのエピソードから描き始めて、そこで初めて(連載会議に)通ったというのが正直な流れです。
伊達:これでも、今でさえビックリする、本当に驚くような話ですけど。あの『ONE PIECE』が?
浅田:でも、最終的には、一番最後のネームが確かに一番面白くなっていたので、それはそれで(良かったかなと)
伊達:でも落ちるって、どういう心境ですか?だって浅田さんはこれはおもろいと行くわけじゃないですか
浅田:もう当時は憎くて憎くてしょうがなかったですね
富澤:誰がですか?
浅田:いやもう連載会議に出席する人、全員ですよ
富澤:HAHAHAHA笑
伊達:要するに当時は全員上司なわけですか?大体
浅田:上司ですね。当時、僕まだ3年目ですから、いや2年目から3年目にかけてなんで。まぁ『バクマン。』とかでも描かれているかもしれないんですけど、連載ネームというのがあって、上に封筒の上書きみたいに(連載会議)出席者がコメントを載せるんですよね。で、今から読み返すと、確かにこれ言うわなっていう事も書かれてあるんですけども、けど、正しいけどそれは違うっていう…どう言って伝えればいいのか分かんない、みたいなグツグツグツはあって、先輩取っ捕まえて「何で通らへんねん」とか「そもそもこれが通って、こっち通らないのおかしいやろ」みたいな感じで。なんか飯食った後、9時ぐらいから絡み始めて朝の7時ぐらいまで3軒河岸変えて、最終的に集英社の隣のドトールの前の広場かなんかで、その当時のキャップ(武田冬門編集)とグダグダ話し合ってるところを、(中略)死んじゃった高橋俊昌っていう編集長がいるんですけど、それが校了終わって、朝方帰ってきて「お前ら何やってんの?」って言う。「あ、すんません」って感じで開き直るみたいな
伊達:でもよっぽど悔しかったんですね
浅田:悔しかったですよ。だって僕、夢で全員殴り倒す夢見ましたよ
富澤:HAHAHAHA笑
伊達:奇行じゃないですか、大丈夫ですか?
浅田:あの当時はかなり追いつめられてたとしか言いようがないです
伊達:夢で良かったですね〜
浅田:そんな、ヘタレなんでそんなんできないですw
富澤:それ、でも、尾田先生に(落ちたと)伝えるわけですよね?
浅田:まぁ「落ちて、こういうこと言われたんで頑張ろう」ってなって。まぁ、作家さんはそんなんで納得しないし、こっちはこっちで上の言葉をそこまで納得してるわけじゃないから、それでも「次の連載会議の締め切りあるんで頑張りましょう」っていう感じになるんですけど。そのやり取りの中で僕に何が出来たかっていうと、あんまり何も出来なかったんじゃないかなという気はしてます。尾田さんが踏んばって踏んばって頑張ったところはあるんで。
伊達:でも、その時は心強かったと思いますよ、尾田先生も浅田さんがそばに居てくれて、こっちの味方してくれてるっていうのはね
浅田:どうすかね…どれだけ力になれたものやら
伊達:力になれたと思います。だからこそ、試行錯誤して4回目には受かるわけですよ
富澤:それで良いものがまた出て来るわけですね
伊達:尾田先生、年齢的にはどうですか?おいくつでしたっけ?
浅田:尾田さんが1月1日生まれで、僕、1月2日生まれなんですよw だから1日だけ1歳違いになって、他は2歳違いですから、今は43ですね(浅田さんが45歳)。
伊達:じゃあ、俺らと一緒?
富澤:(昭和)49年生まれ?
浅田:えーと、50年の1月1日じゃないですかね。だから同学年じゃないですかね
伊達:そうなんですね。(同い年なのに)巨万の富をね…すごいことになってるんじゃないですか?
浅田:まぁ、数字的なものを集英社で見てますけど、まぁ、えらいことですよw
伊達:笑
富澤:それをゼロから見てるわけですよね?
伊達:すごいな〜
浅田:連載開始してから人気がパーンって跳ね上がって、アニメになってまたパーンって跳ね上がって、映画になってまたパーンって跳ね上がって、ホントに前代未聞の作品になってるんで本当にすごいなと思ってます。
伊達:こでまでのジャンプ(作品)でやっぱりずば抜けて1位ですか?
浅田:いや、正直言うと、売上げとかで切ってランキングつきますし、僕の考えに作家さんってやっぱり"山"なんですよ。山で富士山とエベレストを比べて、確かに富士山の方がエベレストより低いけど、富士山の価値は別に損なわれないじゃないですか。だから、当たり前ですけど、上の世代の作家さんに凄い人がいて、それの影響を受けて生まれた"尾田栄一郎"なんですね。"鳥山明さん"がいなければ…"尾田さん"とか"岸本(斉史)さん"とか、その遺伝子を受け継いでるので。(尾田さんは)凄いんですけど、1位かと言われるとそもそも漫画家さん、そういう概念かな?っていう
伊達:これは確かにそうですよね。「Dr.スランプ アラレちゃん」がなければ…
浅田:鳥山先生も、鳥山先生の上の世代に何らかの影響を受けた…漫画家さんなのか、それとも画の誰かなのか、あー、ていうか鳥山先生はディズニーですよね、多分ね
伊達:続きまして『ONE PIECE』の初代担当編集・浅田さんが振り返る「尾田栄一郎先生との思い出ベスト3」第2位は?
浅田:「コミックス1巻出た時に尾田さんと一緒に書店で張り込んで『1冊買うまでちょっと張ってよう』」って
富澤:何してんすか
浅田:見たいじゃないですか
伊達:どういう人が買うんだろうみたいな
浅田:いつも原稿明けで打ち合わせ行く時に、まぁいつもファミレスで、ジョナサンで…ジョナサンでいいかな?○○○○(聞き取れず)サラダあるのってジョナサンでしたっけ?
伊達:分かんないです(笑)。好きなんですね?
浅田:(尾田さんは)そればっかり食ってたので。いや、違う、尾田君はびんちょうマグロの山かけだ。あれが好きだったからガストだ。(打ち合わせにガスト行くところ)だったんすけど、その時は「書店寄ってから行きましょう」っていう風になって、物陰にちょっと隠れて、『ONE PIECE』があって積まれてるんで見て、中学生の男の子がスッて買って、レジ持ってって、「シャァ!(ガッツポーズ)」ってなって「じゃあ打ち合わせしましょうか」っていう感じのことをしたのは深い思い出としてあります
伊達:これ、同じような事、僕もありますわ。サンドウィッチマンのDVDの…レンタル屋さんに行って…あれだってスゴいことじゃん、全国のTSUTAYAとかさ…
富澤:まず(DVD)出てるのが嬉しいからね
伊達:そうすっとね、「どういう人が借りるんだろう?」って僕ずっと見てたことありますよ
富澤:本当に?
伊達:うん。誰も借りてなかったですよ
富澤:ちょwww 何やってんだよ、お前
伊達:でも、今も(レンタル屋)行くじゃない、大体貸し出し中ね
富澤:まぁ結構、ちらっと見る事ありますけど、大体貸し出されてますね
伊達:嬉しい話で「どういう人が借りてるのかな?」って、いっつも思うわ
富澤:だから「誰か借りて返すの忘れてんじゃねーかな?」って
伊達:いや、そんなことないでしょw
浅田:芸人さんって舞台とか、やっぱり反応を直で見れるじゃないですか?
伊達:はいはい
浅田:やっぱりそこは凄く羨ましいことで、漫画家さん、直にリアクションを見れることって…まぁ今はジャンプフェスタとか漫画絡みのイベントが多くあるんで見れますけど、当時はネットもそんなにあるわけでもないし、イベントもそういうのあるわけじゃないんで、本当に見えなかったんですよね
伊達:そうですね〜、読んでるところも見れないですもんね
浅田:けど電車で(ジャンプ)読んでたら、後ろの方にスーっと行って、何読んでる?自分の担当のとこ…飛ばしやがった!コノヤロー!みたいなw
伊達&富澤:HAHAHAHAw
浅田:けど飛ばされちゃうのは仕方ないな〜、何で飛ばされたんやろうなみたいな感じで
伊達:なるほど〜、これは面白い
浅田:当時、読者との接点で『ONE PIECE』で嬉しかったっていうのは…これ僕が見たんじゃなくて、尾田さんが見たのかな?それで嬉しかったって言ってるのが、給食袋ってあるじゃないですか、紐があって巾着袋みたいな。(それ)で、小学生の子供が「ゴムゴムの銃(ピストル)」って言ってボーンってやってたらしいんですよ。あれ、尾田さんが見て「なんか、すげぇ嬉しかった」ってことを話した覚えがありますね。例えば傘で「アバンストラッシュ(『ダイの大冒険』)」とかやるじゃないですか
伊達:あの〜、僕ら仲良いんですけど、ナイツっていう漫才(師)ご存知ですか?
浅田:はい、塙さんと…
伊達:ナイツが『ONE PIECE』の漫才(※)やってるの知ってます?
浅田:すいません、不勉強ですみません
伊達:そうですか、やってますよ。そういうの尾田先生とかどう思ってんのかな。
富澤:気になりますね
伊達:ちょっと(ネタが)シモ…下に行くんですよ。ゴムゴムの…やつとかね。まぁ見ない方がいいかw 情報だけ言っときますね
伊達:さぁ続きまして『ONE PIECE』の初代担当編集・浅田さんが振り返る「尾田栄一郎先生との思い出ベスト3」第1位は?
浅田:「Dr.マシリト、新年会でギャフン」
伊達:ほう?
浅田:なんやねんって話ですけども
伊達:Dr.マシリトって『DRAGON BALL』のね?担当編集だった鳥嶋さん
浅田:鳥嶋和彦という編集者
伊達:有名ですよ
浅田:まぁ今、白泉社の社長なんですけども。連載会議の時に鳥嶋さん(ブログ注釈:当時、ジャンプ編集長)は『ONE PIECE』に関しては「え〜?これ大丈夫かな?」っていう、ちょっと懐疑的だったんですよ
伊達:え?そうなんですか?!
浅田:『ONE PIECE』をきっちり推してくれたのは、その当時、副編(集長)でその後、編集長になった茨木政彦という人間と、またやっぱり後、編集長になった佐々木尚、この二人がなんか強く推してくれて(連載会議を)通ったんで。その時、鳥嶋は「大丈夫かな?こことここが甘いんじゃないの?」みたいな感じの評価だったんですよね。そういうような話も尾田君の方には伝わってて。最初の連載スタートの時の挨拶の時に、尾田さんが「もし、これ(ONE PIECE)が売れたら、鳥嶋さん『ギャフン』って言ってください」っていう風に言って、まぁ、その後ガッチリ売れて(笑)、その次の新年会で尾田さんが鳥嶋さんに「約束したから『ギャフン』って言ってください!鳥嶋さん」って言って、鳥嶋さんが「おう、分かったよ、ギャフン!これでいいか?」みたいなw
伊達:HAHAHAHA笑 勝ったという事ですね、それは。言わせたと、ギャフンと(笑)。根に持ってましたね〜、先生も
浅田:本当にリアルでギャフンって聞くの初めてだったから…
伊達:漫画の表現ですからね、あれはね
浅田:良いの見たなと思いました
富澤:これは気持ちいいでしょうね〜
伊達:大御所ですからね、鳥嶋さんもね。ただ、ちゃんと約束守るのも素晴らしいですね、鳥嶋さんもね
浅田:鳥嶋さんはもう尊敬してますよ、本当に。色々学ばさせてもらったので
伊達:でも当時はね、鳥嶋さんの所為でなかなか通らなかった
浅田:いや〜憎かったですね〜w
伊達&富澤:HAHAHAHA笑
浅田:本当に
伊達:そういう時もあります