LOGPIECE(ワンピースブログ)〜シャボンディ諸島より配信中〜 【ワンピース探訪】 モーガンの縁(ゆかり)に触れる 【第4回】
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第4回は斧手のモーガンのモデルであるヘンリー・モーガンです。

キャッチフレーズをつけるとすれば、「海賊を裏切った海賊」で、海賊を討伐する側から海賊になり最後は絞首刑で死んだキャプテン・キッド(近々探訪予定)とは全く逆の人生を送ったという点で大変興味深いです。

b0a7ef26.jpeg ヘンリー・モーガン
(海賊稼業から足を洗った40代ごろの肖像。豪華な衣装に身を包むワイルドな男)

モーガンら、カリブ海で暴れた海賊たちはバッカニアと呼ばれます。



まず、バッカニアが登場する背景をザックリ説明したいと思います。

コロンブス以来、すでに新大陸の植民地支配を進め莫大な富をなしていたスペインに対し、海外進出が遅れたイギリスは「私掠免許状」を下付して敵船への掠奪行為を認め、掠奪品の何割かを納めさせ国庫を潤していました。

「私掠免許状」が与えられた私掠船(プライベーティア)の活動拠点は、イギリス海峡近海で、新大陸から来る宝船を襲いスペインに打撃を与えていました。フランシス・ドレークは、この当時、スペイン植民地に直接遠征して打撃を与え成功した稀有な存在というのは前回紹介したとおりです。

さて、「海賊女王」とも呼ばれ、その治世は私掠船の最盛期であったエリザベス1世が亡くなると、その後即位したジェームズ1世はさっさとスペインと和解し、反スペイン的行動を厳しく取り締まったため、従来イギリス海峡を拠点にしていた私掠船や海賊、密貿易者たちは新たな拠点を求めて大挙移動するのでした。

彼らが向かった先は新大陸のスペイン植民地の”懐”とも言えるカリブ海の島々でした。

カリブ海域は新スペイン領下にありましたが、キューバ、エスパニョラ(現在のハイチ、ドミニカ)、ジャマイカなどの大島以外の小島はほとんど未開発のまま放置されていたのです。イギリス人と平行してフランス人やオランダ人もこれら小島に続々渡来して占領し、野牛や野豚を狩猟して生計を立てはじめました。

この島の住人たちは、野牛や野豚を燻製肉にして、これを近海を往来する諸国の船に売る一方、スペイン船を略奪しはじめました。
スペイン人は彼らをboucaniers(燻製野郎)と呼び軽蔑しました。これを英語読みにするとbocaneersバッカニア(バカニーア)というわけです。

やがて「バッカニア」はカリブ海で暴れる海賊を指すようになりました。
バッカニアが愛用した武器がマスケットという銃(形は火縄銃を想像してもらえれば良いです。)で、狩猟で使い慣れたものです。

この間にイギリスでは王政から共和制へという重大な政治転換が起きているのですが、割愛します。

とにかく、再び反スペインに燃え上がったイギリス政府は、まずジャマイカ島を占領し、「私掠」を奨励したためにジャマイカ島は海賊の一大拠点となりました。一方、トルチュー島(ハイチの北側にある小島。画像(→)で確認できる)はフランス支配下の海賊の拠点です。

新大陸の縮図(↓) 現代のカリブ海(→)
22fc7c64.jpeg37467132.gif

島の酒場や娼婦の館は湯水のように金を使う荒くれ者たちで賑わったそうです。

さて、海賊史での評価では、ドレークの時代の海賊たちのことを「愛国的航海者」と言うそうなのですが、バッカニアはその亜流にあたります。
反カトリック、反スペイン感情という点では基本的にドレークと同様なのですが、その略奪行為の内容は天と地ほどの差があります。とりわけドレークは無益な殺人はせず、掠奪した後は船や捕虜を解放した、言わば「紳士的な海賊」でしたが、バッカニアは乱暴狼藉の限りを尽くしました。

ヘンリー・モーガンはそんなバッカニアの猛者の1人で、「カリブ海の王者」とも言われます。

私としてはドレークと対比して拷問のエピソードが印象的なので、モーガンらが財宝の在り処などを白状させるために捕虜に行った拷問の一例を紹介します。
苦手な方のために隠しています(↓)。反転してお読みください。

・縄で縛って棒で打ちのめす
・燃える火縄を指の間に入れ火あぶりにする
・縄で頭を締め上げる(目玉が飛び出す者もいたそうです)
・縄でつるし足に重い石をぶら下げ、燃える椰子の葉で顔をあぶる
・逆さに吊るして鞭で打ち、耳と鼻を切り落として、藁で顔面を焼く


男女の区別なく聖職者にも拷問は行われ、まるでスポーツのように拷問を楽しむ彼らは、財宝を持たない黒人奴隷にも拷問をしたらしいです。
また捕らえられた女性は海賊の慰み者にされました。パナマでは尼僧も餌食になりました。

e39c47f4.jpeg 新入りを面接するモーガン(かっけーw)

1663年から1671年までに主な遠征を4度行い、最後のパナマ遠征は最大の規模で収穫は約40万ペソ(約10万ポンド;当時は莫大な額です)に達しましたのですが、最後の遠征と前後してイギリスは再びスペインと和解し、ついには和平条約が結ばれ、新しく赴任した総督によって海賊行為は取り締まられました。

この辺の詳細はオランダ、フランスとの制海権争いが絡んでややこしいのでまた割愛です。

モーガンの動きだけ箇条書きに示しますと、
・スペイン政府に対する建前で形式的にロンドンに召喚される
・ロンドン市内に暮らす
・ナイトの称号を与えられる

【エピソード】
叙勲に先立って謁見を許されたモーガンに、無類の女好きのチャールズ2世はパナマで修道尼を手籠めにした時の感想を尋ね、モーガンは答えました。

「なんと修道尼の半数はすでに処女ではありませんでした」

その返事に国王は満足したとのことです。なんじゃそりゃw

46b7d459.jpeg <朕(ちん)は満足じゃ。
チャールズ2世

・ジャマイカ島の海軍提督に任命され、ジャマイカ島へ戻る
・ジャマイカ島総督代行

モーガン周囲に政略的な動きがかなりあるのですが、説明していられないので端折りまくってます。初見だとわけ分からないかもしれませんが勘弁してください。詳しく知りたい方はこちら(↓)の本がお勧めです。

47ace0bc.jpeg 『カリブ海の海賊 ヘンリー・モーガン -海賊を裏切った海賊-』 増田善郎

要は、海賊棟梁であったモーガンがジャマイカ島代理総督、海軍提督、ポート・ロイヤル(ジャマイカ島の港町)連隊長、海事裁判所長、治安判事となり、権力の一切を手中にしたということです。

de767242.jpeg

そしてモーガンが「海賊を裏切った海賊」と呼ばれるのは、海賊の棟梁であった彼が今度は海賊を厳しく取り締まったからです。
ある日、海賊船が停泊していると報告を受けるとモーガンは船長と乗組員を招待し、翌朝になるとすっかり油断した彼らを逮捕し、即座に全員絞首刑にしてしまったそうです。

eebfda1b.jpeg

とはいえモーガンには政敵が多く、この「黄金の時代」は3年ほどで終わりました。

その数年後、モーガンは失意の中、元より酒に入り浸りだったことが原因で体を悪くして亡くなりました。
子供がいなかったモーガンですが、死期が迫っているのを知っていた彼は妻と甥や姪に莫大な財産を相続させる遺書を作り終えていましたとさ。

ドレークやホーキンズ、バッカニア、また次の世代の大海賊たちのほとんどが洋上で死すか、絞首刑となって死んでいるのに対し、ベッドの上で息をひきとったモーガンは対照的で面白いです。

最後にモーガンの人と為りがわかる有名なエピソードを紹介。

題して「モーガン、出版社を訴える」です。

バジル・ホーキンスの由来であるバジル・リングローズは、教養のあったバッカニアで、バーソロミュー・シャープと一緒に周航して、その航海日記を詳細に書き留めていたというのは前回述べたとおりですが、こういった者たちの中で最も有名なのが『アメリカのバッカニア』を著したアレクサンデル・エスケメリングです。
彼はこの大作を書くにあたって航海者の話を集めましたが、自身はモーガンの船に乗っていたのです。

『アメリカのバッカニア』は英語版で2つの出版社から発売され、発売と同時にベストセラーになりました。
モーガンはこの本を読んで激怒し、2つの出版社を訴えました。

訴えた内容は次の通りです。
・モーガンが単なる海賊扱いされている
→モーガンの主張:植民地争奪戦争の中で私掠免許状のもとで行った正当な行為
・聖職者や住民に加えた残虐行為について
→モーガンの主張:事実を誇張しているし、自ら命じたことではない
・マカイボ遠征のときのスペイン艦隊を破った火船攻撃について
→モーガンの主張:部下の提案ではなく自身の発想である

1番目のモーガンの主張は正論かもしれません。
真偽のほどは別として(その冷静かつ客観的な態度で臨むエスケメリングの記述に、嘘や誇張があるとは考えにくいのですが)、3番目の主張はなんか器ちっさww

裁判はモーガンが勝訴し、両出版社は200ポンドの賠償金を支払い改訂版を出すことになりました。
しかし、この訴訟が話題になり本はますます売れ出版社はウハウハだったそうな。

なんか現代と変わらない話ですね^^;
 

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